東京藝術大学大学美術館「法隆寺-祈りとかたち」展

法隆寺の至宝と東京藝大ゆかりの芸術家たちとの時代を超えた共演


東京藝術大学大学美術館で開催中の「法隆寺-祈りとかたち」展に、会期終了前日になってしまいましたが行ってきました。

「法隆寺-祈りとかたち」展

「法隆寺-祈りとかたち」展

東京藝術大学大学美術館

東京藝術大学大学美術館

東京では20年ぶりの大規模な法隆寺展とのこと。法隆寺の名宝を多数出展しているのはもちろんですが、東京藝術大学ならではの展示、つまり、前身の「東京美術学校」創立に尽力し、日本の美術教育や文化財行政の基礎を作った岡倉天心以来の同校と法隆寺との関わりがわかる作品、同校出身の近代の芸術家が法隆寺や聖徳太子を題材に制作した作品等も展示され、いわば「法隆寺×東京藝大」のコラボ展ともいえるコンセプトで、なかなか新鮮で楽しめる内容でした。

 

展示構成は、「第1章 美と信仰-法隆寺の仏教美術」「第2章 法隆寺と東京美術学校」「第3章 法隆寺と近代日本美術」となっていますが、順路的には地下の展示フロアの第2章・第3章からになっています。

まず、「第2章 法隆寺と東京美術学校」。明治時代、岡倉天心がいわゆる「お雇い外国人」として日本に来ていたアメリカ人・フェノロサに同行し、関西の古社寺の宝物調査をする中で、当時絶対的な秘仏で開けたら祟りが起こると恐れられていた法隆寺夢殿の救世観音の封印を解いた話はよく知られていますが、それ以降何回かにわたって天心が実際に調査した仏画等が、天心の調査メモに残る言葉とともに展示されています。

岡倉天心に関しては、昨年秋、茨城県の五浦美術館で「岡倉天心と文化財」展が開催され私も観に行きましたが、明治初期の廃仏毀釈や急速な西欧化の世相の中で、日本美術を再評価し保護していこうという、当時の日本ではまったく初めてのことに取り組んだ苦労や情熱は大変なものだったと思います。五浦では確か実物が展示され、本展では一部が写真で観れましたが、岡倉天心のメモの字、正直走り書きで汚いんですよね。でもそれは、それだけ余裕や時間がない中で調査をこなしていったことをリアルに物語っているのかもしれませんね。いずれにしても、彼のお陰で、今こうして我々が日本の至宝の数々を目にすることができるわけで、本当にありがたいことだと思わないわけにはいきません。

またこの章の展示には、高村光雲や平櫛田中など東京美術学校ゆかりの近代の作家が制作した聖徳太子像や法隆寺へ献納した工芸品も展示。特に聖徳太子像は、近代以前のある程度定型化した表情とはまた違う、本当にどこかにいそうな誰かのような顔であったり、作家の個性や解釈がよく出ているのは面白いです。また、この章には当校ゆかりの近代画家による法隆寺金堂壁画模写も含まれますが、別の部屋に展示されていたので後述します。

 

「第3章 法隆寺と近代日本美術」には、明治終盤から昭和までの近現代の作家による法隆寺や聖徳太子モチーフの作品が並びます。飛鳥時代に金堂の壁画が完成し、それを当時の皇族や貴族たちが初めて目にする場面を想像して描いた絵や、昭和24年に金堂壁画が焼損するまさにその時を描いた絵などもあり、新しい作品でありながら逆に生々しさがあったりします。また絵の中に、中宮寺の「天寿国繍帳」など、長い年月を経て現在国宝として我々が観ているものが、在りし日の姿でさりげなく描かれていたりするのも面白かったです。

法隆寺の風景や仏像の姿を現代的手法で描いた作品もあります。その中で私が特に惹かれたのが、救世観音を描いた杉山寧の「救」。昭和61(1986)年制作と、本展中最も新しい作品ですが、実際観に行くと少し暗かったり遠かったりする救世観音が、独自の解釈である意味生まれ変わっているともいえますし、この仏像が本来持っている輝きや妖しさ、本質みたいなものも描かれているような気がしました。この絵はそれなりに大きさもあり、どうやって描かれているのかはわかりませんが表面が粒状になっていて独特な質感もあるので、間近で直接観ると写真では伝わらない空気感や迫力があります。

杉山寧 「救」(公式サイトより)

杉山寧 「救」(公式サイトより)

 

美術館地下フロアのもう一つの展示室は、法隆寺金堂内を再現すべく、金堂壁画模写を左右に展示し、その間のスペースに今回のこの展覧会の目玉でもある「国宝 毘沙門天立像」「国宝 吉祥天立像」、金堂天蓋附属の天人像などが展示されています。

現在の実際の金堂にも別の復元模写が嵌め込まれていますが、拝観者からは位置的にも明るさ的にもあまり見やすくはありません。こうやって展示というかたちで焼損前の姿を正確に写し取った模写を間近で観ると、意外と大きさもあり迫力があります。模写当時の実物の現状である彩色が細かく剥がれている質感も、描くことで見事に再現されています。また、再現度ではなく、描かれている仏や菩薩そのものの姿に注目すると、やはり後の時代の仏画とは違って、はるかにエキゾチックで大陸的です。展示の解説文でも触れていましたが、和辻哲郎が著書『古寺巡礼』に記した驚きや感動も追体験できた気がします。有名な「柿くへば~」の俳句ではないですが、今でものどかな田園のイメージの斑鳩の地に、こういうものが千何百年も伝わってきたことは、改めて考えてみるとやはり凄いことですね。

 

さて、仏像ブログとしては2体の国宝仏に注目しないといけません。本展の宣伝や告知にも必ず写真が使われており、それを見るたびに見事な造形と鮮やかに残る彩色に驚くのですが、実は改めて驚かなくても、法隆寺に行ったことがある人は皆見ているはずなんですよね。普段金堂の須弥壇の上に立っているので。でも正直あまり印象がありませんでした。実際の金堂の中はけっして明るいとはいえませんし、拝観者からは距離もあります。本尊の止利仏師作の釈迦三尊の両脇に立っているとはいえ、本尊より奥まっているので、なかなか写真のようには見えません。それがガラスケースに入っているとはいえ、間近で360°から観ることができるのは貴重でした。

国宝 毘沙門天立像(右)・国宝 吉祥天立像(左) ともに平安時代(公式サイトより)

国宝 毘沙門天立像(右)・国宝 吉祥天立像(左) ともに平安時代(公式サイトより)

この2体は、現在も行われており、除災招福を祈る修正会の吉祥悔過の本尊として承暦2(1078)年に造像されたとのこと。平安時代の毘沙門天や吉祥天の像は各地に残っていますが、我々が目にするのはほとんどの場合もとの彩色が失われています。それを観てその彫り口や衣文の流れや表面の質感を味わっているわけですが、本来はこのような彩色をされることを意図して彫られているはず。この二像ではその本来の意図に近い状態を観ることができ、見慣れた平安の古仏とはその質感など大きく違って見えます。当たり前ですが、やはり彩色がある方が衣の部分などは布のような質感が表現され、衣文も形だけの場合よりリアルに見えます。特に、吉祥天像の宝珠を持つ左手の袖などは彩色と深い衣文のコントラストが見事でした。もちろん古仏然とした、露出した素地の年輪に刻まれる衣文も素晴らしいのはいうまでもないですが。

2体のうち、やはりどちらかというと吉祥天の方に目を奪われます。袖を含む側面や下半身の彩色の鮮やかさは特筆もので、特に赤と黒のコントラストが複雑な文様の中に浮かび上がる感じは美しいだけでなく妖しさも感じさせます。ふくよかな輪郭の中に細く切れ長に刻まれた眼など、その表情にも崇高さと神秘性と女神的な妖艶さが見事に表現されていると思いました。これほどの仏像を、実際の金堂の中で見過ごしていたなんて、今まで何を観ていたのかと反省したい気分です(笑)

 

さて、地下フロアの次は、3階の展示室に移動。ここには、「第1章 美と信仰-法隆寺の仏教美術」ということで、仏像や仏具など法隆寺の宝物が一堂に会しています。残念ながら、本展覧会が仙台・東京・新潟と巡回するうちの仙台・東京で出品予定だった、法隆寺伝法堂東の間の「重要文化財 阿弥陀三尊像」(奈良時代)は作品保存上の理由で東京での展示は取りやめになりましたが、代わりに法隆寺三経院の「阿弥陀如来坐像」「広目天立像」「多聞天立像」(いずれも重要文化財 平安時代)等が出品されました。

[参考]重要文化財 阿弥陀如来坐像(阿弥陀三尊像のうち) 奈良時代 法隆寺伝法堂東の間(東京展での出品なし/『山渓カラー名鑑 仏像』より)

[参考]重要文化財 阿弥陀如来坐像(阿弥陀三尊像のうち) 奈良時代 法隆寺伝法堂東の間(東京展での出品なし/『山渓カラー名鑑 仏像』より)

ちなみに、伝法堂東の間の阿弥陀三尊のうち阿弥陀如来坐像はこのような姿ですが、独特なかたちの説法印など、またいつか機会があれば拝観してみたいものです。木芯乾漆造のため移動や展示期間などに制約があったのかもしれませんね。

代打でお出ましの三経院の三尊は、いずれも平安末期12世紀のもの。漆箔や彩色も比較的よく残っています。中尊の阿弥陀さんは穏やかな定朝様。少し猫背で若干頭が大きめなので、横から観ると肩が凝りそうにも思えますが(笑)、ひざ上に阿弥陀定印を結び眠るように瞑想しています。脇の二天も体型や表情などいかにも平安末期的ではありますが、片足を足下の邪鬼から離し、まさにこれからガツンとその頭を踏みつけようとしているかのような(あるいは少し蔵王権現的に片足を振り上げている?)広目天など、意外とどちらもポーズに躍動感がありました。

 

「法隆寺-祈りとかたち」展については以上ですが、同時開催で、同じ東京藝術大学キャンパス内にある陳列館で「別品の祈り-法隆寺金堂壁画-」という展示もありました。こちらは、原寸大8K超高精細映像で法隆寺金堂壁画の焼損前の姿を再現するという内容のようですが、なんと私が行った日に限って通常より早く閉館することになっていたとのことで、残念ながら観ることかないませんでした。美術館のサイトでその旨告知はしていたそうなのですが、できれば当日も会場での告知や案内など一般観覧者目線で工夫をしてくれればよかったのになぁと思いました。

と、最後はちょっと愚痴っぽくなりましたが、興味深い展覧会でした。藝大での東京展は、この記事をアップする時点ですで最終日の朝ですが(笑)、都合の合う方は本日今からでも是非! また東京の後、新潟に巡回し、新潟県立近代美術館で2014年7月5日(土)~8月17日(日)に開催されることになっています。

[鑑賞日:2014年6月21日]

 

東日本大震災復興祈念・新潟県中越地震復興10年
「法隆寺-祈りとかたち」

【会期】2014年4月26日~6月22日

【会場】東京藝術大学大学美術館 http://www.geidai.ac.jp/museum/

【美術館サイト展覧会案内】http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2014/horyuji/horyuji_ja.htm

【公式サイト】http://horyuji2014.jp/

【巡回展】
2014年3月1日(土)~4月13日(日) 仙台市博物館
2014年7月5日(土)~8月17日(日) 新潟県立近代美術館

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東京藝術大学大学美術館「法隆寺-祈りとかたち」展」への4件のフィードバック

  1. 早速お邪魔しました。
    凄い!じっくり読ませて頂きますm(__)m
    それから仏友たちへも宣伝させて頂きます♪
    ありがとうございました。

    • さっそくありがとうございます!
      しかもこのブログへの初コメント(≧∇≦)
      ブログは今まで何度か立ち上げかけては挫折してましたが、どうにか続けられるよう頑張ります。
      よろしくお願いします^^

  2. 初めまして。こんにちは(*^ー^)b
    ツイッターでは、鍵付きで「チャコ」を名乗っている者です。
    私も、丁度、この同じ日に、おひとり様で、鑑賞しておりました(*^ー^*)
    美術館では、杉山寧さんの「救」に、魅了されて、何度も、何度も、ガン見していました(笑)
    帰りに、ポストカードを、買ったのですが、sonicamidaさんが載せている写真の方が
    ずっと綺麗で、比べてしまうと、何だか、ガッカリ来てしまいますが・・・°・(>_<)・°
    仏像の事は、詳しくないのですが、これから、学ばせて頂けたらと思っておりますので
    どうぞ、よろしくお願い致します。
    ツイッターでは、無言フォローになってしまいますが
    フォロバして頂けたら、本当に、嬉しいですo(*^▽^*)o♪

    • チャコさんはじめまして。
      コメントありがとうございます!
      「救」よかったですよね〜。
      またあの絵を観る機会があったらいいなぁと思います。

      フォロバさせてもらいました。
      こちらこそよろしくお願いします^^

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